「登録有形文化財」って何? 古い建物を残す意味を考える
江ノ島の岩本楼ローマ風呂、茅ヶ崎館、葉山の日影茶屋本店、大磯教会礼拝堂、藤沢の遊行寺、鎌倉市立御成小学校…。湘南在住の方やよく訪れる方にとっては、身近かもしれないこれらの建物の共通点はなんだかわかりますか?
これらはすべて「登録有形文化財」です。では登録有形文化財とはどんな制度なのでしょう? 重要文化財と何が違うの? 私も自宅が登録になるまではよくわかっていませんでした。
12月7日に、小田原の清閑亭にて「登録有形文化財の制度と建物をもっと知ろう」というイベントが開催され、参加してきました。
このイベントは「湘南邸園文化祭」の1企画で、「神奈川県登録有形文化財建造物所有者の会」と「NPO法人小田原まちづくり応援団」共催、東海大学の小沢朝江教授による講演会や、有識者によるパネルディスカッションという内容。
テーマがテーマだけに、参加者は登録有形文化財の所有者や関係者が多かったように感じますが、その内容は、古い建物が好きな方から街づくりに興味のある方、建築関係者から職人さんまで、多くの方に知っていただきたいことばかり。勝手ながら私がここで少しご紹介しようと思います。
第一部では、小沢教授による「登録有形文化財制度と神奈川県内の現況」。
文化庁が管理する有形文化財には「指定文化財」と「登録文化財」の2レベルがあります。「指定文化財」はその言葉の通り、国(県・市)が【指定】したもので「重要文化財」や「国宝」のように、【現状のまま後世に伝える】という目的をもち、厳しい規制があります。一方「登録文化財」は、所有者の要望により推薦、選定の上で台帳に【登録】され、緩やかな規制のもと、【地域の財産としてみんなに周知してもらい使い続け住み続けながら守っていきましょう】というもの。登録には、建設後50年を経過し、国土の歴史的景観に寄与しているもの等、いくつかの選定基準があります。
重要文化財に指定されている建造物は、現在国内に5083棟あり、国や市町村の手厚い支援により、凍結保存されています。登録の建造物「登録有形文化財」は12261棟で、修理費などの補助金はほぼ出ない代わりに、内部は自由に改築もでき、活用促進することが推奨されています。(軒数は文化庁HPより。2019年12月1日時点)
文化財登録制度は1996年、阪神・淡路大震災を契機に創設され、毎年約500軒の新規登録がなされ、20年を経て1万2000軒超。さてこの数、多いととるか少ないととるか。
神奈川県登録有形文化財建造物所有者の会の長島孝一会長によると、制度のモデルとなったイギリスでは、同制度に近い制度に60万軒もの登録があると言います。ドイツにおいては約90万軒! 日本の人口では1万人に1軒、イギリスでは100人に1軒という差です。
箱根・強羅の神仙郷に保存されている登録有形文化財「神山荘」。岡田茂吉が作庭した庭園は国の登録記念物
2019年11月に新規登録となった片瀬すばな通りの玉屋本店
神奈川県内には現在263棟の登録有形文化財があり、箱根、横浜、藤沢、鎌倉、小田原の5市町で6割以上を占めるのだそうです。
私の暮らす鵠沼の住宅も2018年に登録有形文化財となりましたが、登録されたところで維持保存していけるかというと、補助金も税の免税もわずかなもので、何もせずに国や自治体が面倒を見てくれるなんていうものではありません。実際、登録されても維持できずに解体の道をたどる建物、相続時に更地化され分割される例も多々あるそうです。
そんな登録有形文化財の課題を見つめつつ、第二部では、有識者、小田原市、市民活動団体、登録有形文化財所有者などによるパネルディスカッションに移りました。
会場となった清閑亭は明治時代に活躍した政治家・黒田長成(ながしげ)侯爵の別邸で、1906年小田原城至近に建てられました。2005年に母屋が国の登録有形文化財となり、現在は小田原市の施設として、NPO法人小田原まちづくり応援団が管理運営を賄っています。官民協働により、建物の調査、改装を進め、一般公開やカフェ営業を開始。築110年の建造物の大規模改修工事など数々の取り組みは、大変興味深く、まさに「協働」だからこそ為し得た好事例なのだと思いました。
途中休憩でティールームにてお茶をいただきましたが、ゆがみガラスから望む景色や、床の間に飾られた書、欄間の透かし彫りなどなど、建築の専門知識がなくとも、数寄屋作りの美しさと細かなしつらえに惚れ惚れとするのです。どんなおしゃれなカフェでも叶わない、長い年月と本当に良い材と職人魂が作り出す空間のパワーのようなものが宿っているのでしょうね。
小田原は、明治期に数多くの海岸保養施設が作られたそうです。皇族の重鎮や政財界人の別荘も多く、そこには茶人も集ったために、今も見事な茶室がいくつも残されています。また、小田原城の存在と、箱根との距離感、豊かな森林から木の文化が発展した地でもあります。
清閑亭の食堂に鎮座するケヤキの大座卓は山縣有朋のもの。廊下には北山杉がふんだんに使われている
登録有形文化財の維持保存で必ず課題となるのは「古い建物を直せる技術を持った職人が減っている」という現状。小田原では、その課題にも早くから取り組み、2016年には「NPO法人おだわら名工舎」という職人の技を次世代に継承していく学校を立ち上げたのだそう。職人の育成のみならず、小田原市内の歴史的建造物の調査や修理相談窓口、地元の高校生への授業など、伝統を繋ぐ素晴らしい循環が生まれつつあります。
小田原での事例をヒントに、登録有形文化財に関わる関係者は、制度のますますの周知と実践を重ねていく必要性を感じました。
湯河原の海沿いに残る銀河館はジョサイア・コンドルの建築。現在はイベント時のみ公開
登録有形文化財が増えるということは、どういうことかと言うと、身近に存在する残したいと思う原風景が残せたり、風土に見合った景観の整った街づくりに繋がったり、日本の伝統技法が継承されていくということです。
ヨーロッパを旅すると、観光地でない単なる住宅街でもシャッターを切りたくなるような風景が至る所にあります。スイスの電車旅では、車窓に流れる牛舎ですら山岳風景に溶け込み、郷愁を覚えます。イタリアの旧市街を歩けば、新しいお店でも必ず古い建物を踏襲した景観に出会います。ドイツではマイスター制度というものがあり、熟練した技を正確に後世へ継承していくための職業教育制度が整っています。
長谷の旧山本条太郎別荘(神霊教 霊源閣)は敷地内の4棟が登録有形文化財
日本に置き換えれば、京都や奈良、鎌倉のような観光地は、何百年、何千年という歴史的建造物が並び、国宝や重要文化財として手厚く保護、管理されています。伝統的建造物群保存地区なども増えていますが、ヨーロッパのように身近な景観(一般住宅等)に対する美意識は低く、まだまだスクラップ&ビルドの価値観が一般的なのでしょう。
なかなか訪れる機会のない小田原だったので、小田原城にも立ち寄りました。天守閣から、見下ろす見事な眺め。風光明媚な景色と、それに溶け込む建造物。しかしどうしても都市部方面に林立するビル群や、景観に見合わない大きな看板が目についてしまいます。天守閣内に展示されていた昔の小田原の街並みがあまりに美しかったのでなおさら複雑な思いを抱きました。これが日本の現状なんだ、と。
2016年に登録となった藤沢の関次商店は穀物蔵をリノベーションしパン屋として活用されている
何よりも、登録有形文化財となることで、所有者と地域が誇りを持ち、保存活用の意欲が向上し、地域みんなで守っていこうと、周囲の意識も変わるものです。そうして1軒でも多く、二度と作ることのできない伝統的な建造物が保存され、活用されていくことを願います。
あの路地を曲がれば。〜雑誌編集者の鵠沼ライフ〜
鵠沼の自然を感じながら暮らす編集者が、
当コラムの執筆者、尾日向さんの発行しているスノーカルチャー誌
『Stuben Magazine』の公式ウェブサイトはこちら:http://stuben.upas.jp
ライター情報
尾日向 梨沙
編集者。東京都出身、藤沢市鵠沼在住。出版社勤務を経て、現在はフリーランスでウィンタースポーツを専門に取材、執筆。2015年に北海道ニセコの写真家とともにスノーカルチャー誌『Stuben Magazine』を発行。2019年より鵠沼の国登録有形文化財と周辺の緑を守る活動を開始。『松の杜くげぬま』管理人として様々なイベントを開催している
https://www.facebook.com/matsunomorikugenuma
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