ビオトープ鵠沼を夢みて
「尾日向さんの家の庭で、緑の講習会をやらせてもらえませんか?」
『鵠沼の緑と景観を守る会』のメンバーから、相談を受けたのは数ヶ月前。かつて鵠沼では、多くの住宅が緑溢れる広い庭園を備えていたけれど、現在、我が家のような庭は希少な存在となってしまいました。緑に囲まれた環境が何よりも好きな私は、なんとかこの自然を残したいと常日頃から考えています。緑を大切にしたいという共通の価値観がある方々に、庭を活用いただくのは良いことだとひとつ返事でお受けしました。
講習会は『かながわトラストみどり財団』が主催、神奈川県内で緑化活動などを行なっている団体や市町村の担当職員に向け、樹木の剪定技術のレクチャーや、緑を守る街づくりについての講義という内容。12月に3回、各回30〜40名の受講者を招き、開催されました。
午前中は湘南海岸公園サーフビレッジにて、景観まちづくりを専門にされている髙橋武俊さん(慶應義塾大学SFC)の講義へ。
鵠沼地区を例に、明治時代から現代までの住宅地と緑の関係の変化を学びました。住宅地の緑を守るためには、国の法律や県の条例、市の基準など方法はあれど「開発のスピードに条例を作るスピードが追いつかない」という言葉が印象的でした。木は1本でも非常に多くの役割を担うけれども、掃除が大変、植木屋にお金がかかる、土地が狭いといった現代社会ならではの理由で、住宅地では緑を残しにくいのが実態との話。
鵠沼では、地域の緑を守り、育てる活動をしている団体が複数あるので、それだけでも有難いことだなぁと改めて感じました。
午後は我が家に移り、緑地環境プロデューサーの神保賢一路さんによる講習。神保さんは、下見でも一度いらっしゃったのですが、樹木や植物だけでなく、野鳥や昆虫にも非常に詳しく、目から鱗のお話の連続!
「ここの庭は樹木の種類が多くて、ものすごく豊か。松の高木を手入れしなくても元気なのは、オナガが来ている証拠。オナガは松食い虫を運ぶマツノマダラカミキリムシを食べるからね」
カラスが鳴き声をあげて飛んでくると、
「あれはハシブトガラス。神奈川には4種類のカラスがいるんだけど、このエリアにはハシブトガラスとハシボソガラスが共存している。松が多くて住みやすいんでしょう」
今度は黄色い蝶が寄ってくる。
「キタキチョウはね、マメ科の葉っぱを食べるんだよ。そこにある藤はマメ科だからね」
梅の木を見て、
「これは梅がよく実るでしょう。梅の木は日が当たりすぎてはダメ。ここは南向きだけど梅の木の前に楓の木があって、ちょうどいい日よけになってくれる」
手入れが追いついていない庭も、こうして勝手に鳥や虫や植物が共存し、環境に合った自然本来の空間を形成し循環していたのだなぁと思うと嬉しくなってしまいます。池も手入れすれば、ビオトープのような空間が作れるだろうか。
実技講習では、主にミカン、松、藤、梅、柿の木の剪定をレクチャー。ちょうどミカンが収穫の時期で、神保さんは甘そうなミカンの見分け方を説明しながら、なんと外皮ごと食べてしまいました。
「無農薬のミカンはスーパーではなかなか買えないからね。皮だって食べていいんだよ」
樹木の剪定も、植木屋のように綺麗な形を作るというよりは、樹木がよりよく育ち、果実がよりよく実るようにちょっと手を加えてあげるという方法。これなら私でもできそうです。
たとえ都会の小さな庭だとしても、生態系を知ることで見え方は変わってくるのだと思いました。最後に「同じ家に住む家族だと思って世話をしてあげてください。僕は木1本1本に名前をつけていますよ」と神保さん。
私は、庭にお気に入りのエノキの巨木があります。相続対策で、このエノキのあたりを更地にしてアパートを建設した方がいいという話を、私は何度も反対してきました。9月末の台風24号でひどい塩害にあったエノキは、冬になって季節外れの新緑を見せてくれました。絶対守ってくれよ、と言われているような気持ちとともに、今回の講習会を通して、ますます緑を残すことの価値を感じることとなりました。
神奈川の自然は急速な都市化の進行によって、およそ40年間で県土面積の5分の1以上の緑が失われたそうです。『かながわトラストみどり財団』は、身近な自然環境や歴史的遺産を将来に渡り保全していくための財団。会員となれば、会費は緑地の自然再生や管理作業費に充てがわれ、自然観察会などのイベントに参加できるとのこと。ひとりひとりの力が輪となり、貴重な緑を次世代に残してゆけたらよいですね。
あの路地を曲がれば。〜雑誌編集者の鵠沼ライフ〜
鵠沼の自然を感じながら暮らす編集者が、
当コラムの執筆者、尾日向さんの発行しているスノーカルチャー誌
『Stuben Magazine』の公式ウェブサイトはこちら:http://stuben.upas.jp
ライター情報
尾日向 梨沙
編集者。東京都出身、藤沢市鵠沼在住。出版社勤務を経て、現在はフリーランスでウィンタースポーツを専門に取材、執筆。2015年に北海道ニセコの写真家とともにスノーカルチャー誌『Stuben Magazine』を発行。2019年より鵠沼の国登録有形文化財と周辺の緑を守る活動を開始。『松の杜くげぬま』管理人として様々なイベントを開催している
https://www.facebook.com/matsunomorikugenuma
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