親しみと哀愁が融合する世界観。北鎌倉で創作する陶芸家「テトツチト」

かつて「星岡窯」を築いた北大路魯山人をはじめ、過去から現在に至るまで北鎌倉に魅了され創作の地とする陶芸家たちがいます。今回紹介する渡邉庸子(わたなべようこ)さんもまた、その一人。渡邉さんは、陶芸家「テトツチト」として器やオブジェなどを手掛け、鎌倉や茅ヶ崎など湘南エリアのギャラリーや雑貨店などを中心にワークショップや展示活動をおこなっています。

親しみと哀愁が融合するテトツチトの作品

テトツチトの作品で、特にその個性が発揮されているのが『たそがれ動物』という動物をモチーフにした作品群。

「動物たちの姿から、人間のもつ哀しさ、切なさのようなものを感じてみてください」と渡邊さん。

まるで人間のように、悩んだり、疲れたり、ぼんやりしている姿で表現された動物たちの作品シリーズは、親しみと哀愁が融合したような独創的な世界観が感じられます。

陶芸家として活動を始めた当初は、「陶芸家なら器やお皿などを手掛けていくのが当たり前」という思い込みもあり、なんとなく手応えがつかめないままだったそう。転機となったのは、ふとした遊び心で造った動物のオブジェを造って展示会にだしてみたこと。

その際に来場された女性のお客さんから、「わたしは、あなたのSNSにあった動物の作品に惹かれて見に来た。あなたはこれをもっとやっていくべきだと思う」と声をかけられたそう。

その言葉がきっかけで、以降本格的に『たそがれ動物』シリーズも手掛けていくことに。作品を見た来場者の反応も良く、渡邉さん自身も「自分らしさがでてきた」と感じられるようになったそうです。

美大卒業後はCM制作の道へ

幼い頃から自分の手を動かして様々な形を作るのが好きだったという渡邉さん。紙粘土でいろいろなものを作り、作ったもので”物語“を考える、そんな幼少時代だったそう。やがて美大に入学、その頃の興味は映画やCMなど映像の分野にむかっていた渡邉さんは、大学卒業後にCM制作会社に就職します。

しかし、勤め始めて10年もしないうちにアナログからデジタルへと技術的な移行が進むと、仕事現場での変化に戸惑いを感じることに。親しかった仕事仲間の中には廃業して業界から去っていく人もいて、仕事を続けていくことができるのだろうか、と考え始めるようになったそう。

北鎌倉で、「たからの窯」と出会う

“手を動かして何かを造る”という、かつて自分が喜びを感じていた原点に戻りたいと考えた渡邉さんは、美大時代に習っていたという陶芸を再開すべく、陶芸教室に通い始めます。

ちょうどそんな頃、仕事のロケハンで北鎌倉の「たからの庭」を訪れた渡邉さん。北鎌倉の谷戸の中に静かに佇む、自然豊かな空間に強く魅了され、「いつかこんなところで作陶できたらいいだろうな」という想いを持ち始めるようになります。

たからの庭とは、料理教室や茶道など様々なワークショップなどが行われる古民家シェアアトリエ。昭和10年頃、女性陶芸家の久松昌子さんによって窯が築かれ、昭和40年頃まで多くの陶芸作品が制作されていた場所で、当時築かれた窯は再生され、現在は「たからの窯」として、定期的に陶芸体験が開催されています。

きっかけとなった、3・11東日本大震災

それから一年もしないうちに、2011年3月11日の東日本大震災が起こります。テレビコマーシャルが流せない状況がしばらく続き、その頃フリーランスになっていた渡邉さんの仕事も激減、CM制作の仕事から心が完全に離れてしまったそうです。

そこで思い立って「たからの庭」のオーナーさんに働かせてもらえないかと問い合わせてみると、ちょうど折りよく人手が足りていなかったという事情もあり、スタッフとして採用されることに。

以降、たからの窯の管理や陶芸教室の講師の傍ら、本格的に陶芸制作を始めることになります。

紆余曲折のあった渡邉さんですが、現在ではとても穏やかな雰囲気。

「以前はいらいらしたり落ち込んだりすることも多かったのですが、たからの窯で働くようになってからは本当にストレスから解放されました。陶芸はとても体力・気力を使うのでいつまで続けられるかわかりませんが、自分の身心が続く限り作品を造り続けていきたいですね」

そう語る渡邉さんの佇まいは、北鎌倉の谷戸の風景にとてもよく馴染んでいる様子。
北鎌倉の豊かな自然の中で制作されていることがテトツチトの作品をいきいきとさせている…そんな風に感じました。

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