湘南の有機農家さんを訪ねる

野菜と器で伝える日本の食文化「KHファーム」

三浦半島の先端にある小網代の森に隣接するKHファームさんを訪ねました。KHファームは、安心で美味しいをモットーに、無農薬・無化学肥料で植物本来の元気な野菜を育てる農家さん。固定種を自家採種し、三浦大根など地域に伝わる在来野菜を大切に引き継いでいます。

園主の井上惠介さんと奥様の佳由理さんはともに陶芸作家。約30年前に、東京から縁ある三浦へ居を移し、小網代陶房を築窯しました。森、川、海がつながる小網代の豊かな自然環境に魅せられ、その模様や形などのエッセンスを取り入れた作品作りをしています。また、定期的に陶芸教室を開き、異なる素材や製法による陶芸の魅力を教えてきました。

畑で土に触れ、旬の野菜を収穫し、手作りの器で食すイベントなどを主催し、日本の食と器を広く伝える活動にも力を入れています。

モノづくりに根差した暮らし

惠介さんは幼い頃から、モノづくりが大好きな少年だったそう。学校の校庭には畑があり、土いじりも日常のことでした。陶芸に目覚めたのは、高校生の夏休み。倉敷にあるご祖母の家から一か月間、陶芸作家さんの工房に通いつめました。大学では芸術学科の陶芸コースを専攻し、卒業後は創作陶器の工房に就職します。そこで知り合った奥様とともに独立し、陶房とギャラリーを開きました。

大人になってからも、子供の時に芽生えたモノづくりへの情熱は変わらず、陶芸や木工などで身の回りのものを作り、土がある場所ならどこでも野菜づくりをする暮らしを家族で営んできました。

うつわと食文化

お二人のお子様が小学校に通っていた頃、子どもの生活習慣に関する白書の中で、“朝ごはんを食べない子どもが増えている”という事を知ります。「ご飯茶碗を自分の手で作ることで、朝ごはんを食べるきっかけになるのでは」と考え、同じ学校に通っていたこどもたちを中心に、「こども陶芸教室」を開くようになります。すると、「朝ごはんを食べるようになった」という声だけでなく、「自分でお皿を洗うようになった」、「食器を大切に扱うようになった」という、嬉しい反応が親御さんから届きます。こども陶芸教室をきっかけに、各家庭の食事や器を見知ると、日本の食卓の課題が他にもたくさん見えてきたそう。

日本の食文化には固有の調理法があり、それにあわせた食器や調理具があります。たとえば『ほうろく』は、塩やお茶、ゴマなどを直火にかけてゆっくりと炒る鍋ですが、いまは食材を自宅で炒ることも少なく、一般的な家庭ではほとんど使われなくなった道具のひとつです。また、最近お茶を淹れる習慣が減り、急須を見たことのない子どもがいることにも驚かされたそう。加工された便利な食品が流通するようになったことで、日本の食文化が失われてきていることを知ります。そこで、このような日本の伝統的なうつわを知り、使ってもらえるような、作品づくりも行うようになりました。

  • こども陶芸教室では、はじめにご飯茶碗を作りました。

  • 家で日本茶を淹れる習慣を持てるよう、急須や湯呑の制作にも力を入れています。

野菜作りも生業に

「食と陶芸」がひとつのテーマとなり、飲食店や学校などで作陶し、その器で食べるシーンまでを提案する活動がひとつの軸となりました。

そんな中、畑を本格的に始めたのは6年ほど前のこと。近隣の農家さんから土地を借り受け、販売用の野菜作りを始めます。近隣には慣行栽培(*生育を促し、収量を増やすために化学肥料を主に使用し、病虫害の駆除・防除および除草のために農薬を使用する従来型の農法。)の農家さんが多かったため、肥料や農薬の効果がどれほどなのかを試すため、最初の年は一部の畝に肥料を入れてみる実験をしました。比較した結果、この土地には十分に地力があり、自然のままでも栽培できることを知り、翌年からは完全に無農薬・無化学肥料の栽培へと切り替えました。このような実験を毎年繰り返しながら、土地に合う作物を見極めたり、ビニール資材を使わずに保温や防虫を行う工夫には、モノづくりの観点やこだわりが生きています。

  • 三浦の在来種である『三浦大根』。間引いた葉を食べられるのは、無農薬・無肥料だからこそ。

食文化を守る、広げる

作物の栽培が安定してきた3年目からは、月1回ほど一般の方向けに農体験と採れたて野菜を食べるイベントを開催しています。食事は、ナチュラルフレンチを得意とするシェフを迎え、下ごしらえから調理まですべての工程を目のまえで行い、陶房で作った器で提供します。陶芸教室に通う生徒さんや、知人・友人から口コミが広がり、全国で飲食を営む人、都内の食通など、様々な人が交わる人気のイベントになっています。

  • 旬の食材で組み立てられるメニュー。収穫したてのお土産付き。

  • 目の前でお料理が完成し、情緒に富む器に盛りつけられる。

現在、オーガニックや地産地消などに目を向けるのはまだまだ一部の人。シェフとはその課題感で意気投合し、子育てをする親の世代や、都内で働く生活者など、より広い層に食の大切さを伝えていきたいと考えています。

「毎日、安全で健康な食事をすることで、病気を予防できる。オーガニックをぜいたく品と捉えるひともいますが、将来のコストを考えると決して高い買い物ではない、ということに気付いてもらいたい。」といいます。

年内は12/15に開催を予定しているそう(要予約)。また、10/30~11/3の期間、制作工房で工房展が開催されます。農園や陶房の最新情報は、ホームページやFacebook(@munouyakuyasai)で発信していますので、気になる方はぜひチェックしてみてください。

日本各地で気候や風土に合った生活文化、食文化が発達してきました。その根本にあるのは、身の回りにあるもので、必要なモノを作る、という暮らしの知恵だったように思います。

それが失われてきている今こそ、土をいじる、モノを作る、という手の感覚を使った行為は、自分の力で何ができるのかを知り、自然の摂理に沿った身の丈に合う暮らしをつくる大切な一歩だと感じました。

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