湘南で暮らす人々

大切な想いを継ぐ。大脇京子さんの暮らしに寄り添う金継ぎ

近年、環境問題への意識の高まりもあり、大量生産・大量消費社会から循環型社会への転換が図られています。そうした社会の実現のためには、自然に返る素材の使用など技術の進歩によって生まれる取り組みもありますが、先人の暮らしに学ぶことも多いように思います。

日本は古来より“モノを大切にする”ことに価値を見出し、それを愛しむという豊かな文化がありました。その1つが「金継ぎ」です。欠けた器を漆で接着し金をまとわせて仕上げる日本の伝統的な修復方法。修復箇所が生み出す新しい調和により、器の芸術的価値が高まる「金継ぎ」。その考え方は、時を越え、世界的に評価されています。鎌倉の地で、金継ぎアーティストとして活動する大脇京子さんは、アメリカでの活動も経験し、そのことを肌で感じたといいます。なぜ金継ぎの道へ進んだのか、その世界に身を置くことで何を感じたのか、大脇さんにうかがってきました。

暮らしの中で楽しむ金継ぎ

金継ぎは欠けや割れ、ヒビの入ってしまった陶磁器を漆で接着し、そこに金粉や銀粉などの金属粉を蒔いて装飾する修復技法。漆での接着は既に縄文時代から行われていたとも言われ、安土・桃山時代になって茶の湯の発展とともに、装飾として金を施す「金継ぎ」が誕生したと考えられています。“侘び・寂び”といった日本独特の美意識の中で、金継ぎは流行していったようです。

そんな歴史を聞くと少し近寄り難い印象を持ってしまう金継ぎですが、大脇さんの金継ぎは現代の暮らしにすっと溶け込んでいます。和食器はもちろん、洋食器やガラス製の食器にも金継ぎを取り入れており、金や銀の装飾がモダンなデザインとなって楽しませてくれます。

修復する器とは異なる器を用いて欠けた部分を埋める「呼び継ぎ」という手法では、同じ柄や素材のものを使用するだけでなく、異なる柄をつなぎ合わせることで、パターンの切り替えの美しさを出すこともできるのだとか。大脇さんは、こうした手法を用いながら、さまざまシーンで映えるデザイン性の高い器も生み出しています。

芸術的価値のあるものだけでなく、暮らしにあるものこそ修復していきたいという大脇さん。金継ぎを身近なものとすることで、“直して使うことを楽しむ”という選択肢をつくっていきたいという想いもあるようです。

  • 金継ぎで新たな魅力が加わった洋食器。グラスには呼び継ぎを用いて新たな魅力をプラス

  • ガラス製品に金や銀の装飾を施すことで華やかな印象に

表現の手段として始めた金継ぎ

3児の母でもある大脇さん。金継ぎを始めたのは、子育て中に湧き出てきたある感情がきっかけだったのだとか。

「子ども達がまだ小さい頃、ずっと家にいる生活の中で時に悶々とすることもあって。そんな時に、“何かを表現したい”という気持ちが出てきたんです。でも私は何かを生み出すことは苦手で…。そんな時に、昔買ってそのままにしていた金継ぎの本と道具のセットがあることを思い出したんです。直すことでアートにもなる金継ぎであれば、自分の表現ができるかもしれないと挑戦してみることにしました」と大脇さん。

当時熊本に住んでいた大脇さんは、思い立ってすぐに福岡の金継ぎ教室へ通い始めたそう。この教室で、仕上げの金を蒔く前に面を整える下地づくりなどの基礎を徹底して教えてもらったことが今に活きていると大脇さんは振り返ります。

「その時には、下地づくりの工程ばかりやっていて、なかなか先へ進めない…と嫌になっちゃうこともあったんです(笑)。でも今となってはその工程が一番重要ということを感じています。金をまとった時に下地がしっかりとできていないと粗が見えるんです。金継ぎは“急がば回れ”という言葉がぴったり。今は私が生徒さんに下地づくりの大切さを伝えています」

  • 大脇さんが使用している金継ぎの道具

米国での運命的な出会いから歩み出した金継ぎの道

教室で一通りの技術を習得した頃、ご主人のアメリカ留学に伴い、家族で移住することに。このアメリカ移住が大脇さんのその後を決定づける運命的な出会いをもたらします。

アメリカで趣味として金継ぎを続けていた大脇さんは、友人から頼まれて修復なども行っていたといいます。ある日、カフェで1人の女性が“ギャラリーをやっているから遊びに来て”と声を掛けてきたのだとか。その女性とご主人が運営しているギャラリーを訪ねてみると、日本文化が好きとのことで、金継ぎの作品も展示されていたそう。自身も金継ぎをやっていることをオーナーご夫妻に告げると、“イベントで作品展示とデモンストレーションをしてみないか”と誘われ、気が付くと金継ぎアーティストとして参加することになっていたといいます。

「あまりにも突然のことで驚きましたね(笑)。でも、イベントに訪れたアメリカの方に、金継ぎが誕生した経緯やそこにある想いを説明すると、皆さん感心した様子で聞いてくださって。日本ならではの文化に触れていただけたことがとても嬉しかったです」と大脇さん。

大脇さんのイベント参加は大成功。それからギャラリーを通してお客さんから修復の依頼を受けるようになったそう。ただ、アメリカは大量生産の国。食器などを修復して使おうと考える人はほとんどおらず、大脇さんのもとに持ち込まれるのは、複雑な曲線で修復が困難な高価なオブジェや小物ばかりだったといいます。技術的にも相当鍛えられたと大脇さん。苦労はあっても、修復したものを手にして喜んでくれる方の姿を見ると頑張ろうと思えたのだとか。

「欧米でも美術品の修復は古くから行われてきましたが、いかに元の姿に戻すかが重要。継ぎ目に装飾を施して敢えて見せるという日本の金継ぎに驚いて、感動してくれる方は多かったですね」と大脇さん。

外に出ることで、日本文化の豊かな部分に気付かされたといいます。こうして、アメリカでの運命的な出来事により、大脇さんの金継ぎアーティスト人生が始まったのです。

  • 漆で接着した部分に金属粉をまとわせ、装飾を加える

帰国後、鎌倉を拠点に活動を開始

ご主人の留学が終了となり、日本へ帰国することとなった大脇さん一家は鎌倉移住を決意。留学先のカリフォルニアに似た雰囲気を持つ海沿いの穏やかな場所、そして金継ぎを行っていくうえでも望ましい歴史のある場所、この2つがそろった場所を考えたときに鎌倉が浮かんだのだとか。

移住後、鎌倉市・長谷にあるカルチャーハウス「蕾の家」で金継ぎ教室を始めた大脇さん。今では多くの生徒さんが訪れているといいます。大切なものを直したいという想いを持って訪れる方、日本文化に触れたいと訪れる海外の方、金継ぎを仕事にしたいと通っている方など、さまざまな方が訪れているそう。

「ご自身で器を作っている方なのですが、欠けた器を金継ぎで修復して盆栽を植えることを目標に通っている生徒さんもいらっしゃいます。そんな楽しみ方も素敵ですよね。また、同じ価値観を持った人々との出会いの場にもなっているようで、それが嬉しいんです」と大脇さん。

  • 鎌倉市・長谷にあるカルチャーハウス「蕾の家」にて金継ぎ教室を開催

  • 旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)で開催された「暮らしの中の金継ぎ=大脇京子作品展=」で開かれたワークショップの一コマ

込められた想いに寄り添う

依頼を受け、金継ぎによる修復も行っている大脇さん。持ち込みだけでなく、オンラインからも依頼を受け付けており、全国から日々さまざまな品が舞い込んでくるといいます。

「100年以上前のもので一度修復された跡がある器がやってきたこともあります。誰かの手が加えられた器に私が再び金継ぎを施す。そして、もしかしたら何十年後かにまた修復される時がくるかもしれない…そうして受け継がれていくと考えるととっても感慨深いですよね」と大脇さん。

大脇さんには、修復の依頼を受ける際に大事にしていることがあるといいます。それは、“大切なものは人それぞれ。その品に込められた想いに寄り添っていく”ということ。

「例えば、息子さんが作ってくれた器が割れてしまったと持ってきてくれた方がいました。その器は値段もつかないものだけど、お母様にはどの器より価値があるものだと思うんです。金継ぎによってその想いをつなげていきたい、そんな活動ができたらと思っています」と大脇さん。

修復後に、依頼者の方から手紙が届くこともあるのだとか。その方の人生に寄り添えたことを実感できる幸せな瞬間だといいます。

  • 金継ぎによって、人々の想いをつなぐことができたらと大脇さん

使う度に愛おしくなる金継ぎを伝えていく

今後、食とつながるイベントもやってみたいと大脇さん。

「私、食べることが大好きなんです(笑)。生徒さんなどと金継ぎをした食器を持ち寄ってお茶会をするのも楽しそうだな…なんて考えています。金継ぎした食器を皆さんで分かち合うこともできるので、いろいろな表現の気付きにもつながると思うんです」

“普段の暮らしの中で使っていける金継ぎであれたら”という大脇さんらしい会となりそうです。直して使うことが愛おしくなる、そんな金継ぎの世界に触れてみてはいかがでしょうか。

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